建機の酒井重工業

HOME > SAKAI news > 第58号

   
SAKAInews
建設施行の安全対策の取り組みについて
  国交省 検討分科会
ローラ関係事項
 日本の建設業における労働災害は、長期的に見ると減少傾向にあるものの、全産業における建設業の死亡災害の発生率は2003年度統計で約4割と依然として高く、将来的には安全や環境を重視していく建設業界にとっては、事故の抑制が急務の課題となっている。
  建設作業中の事故について最も多い死亡災害は、墜落事故(約39%)、次いで建設機械関連事故が約15%を占めている。内訳は、油圧ショベル等で約41%、次いでローラ等が約13%となっている。

  このような状況の中、国土交通省では、(社)建設機械化協会を主管として建設施工の環境・安全対策委員会に分科会を設けて、事故災害状況の確認作業と災害防止・安全に関する検討業務を行ってきている。
  ここでは、安全対策検討分科会の中のローラに関する検討内容を紹介していくことで、今後の建設業における安全対策の方向性を示すこととする。

  表1 死亡災害の発生状況
※H15年建設業安全衛生年鑑より抜粋
  死亡者 労働者数
人数 全産業に占める割合 建設業に占める割合
全産業 1,658人 100.0% 53,310,000人
建設業 607人 36.6% 100.0% 5,040,000人
建設関連 92人 5.5% 15.2%
 
建機周辺の災害が多発
ROPSなどJIS化の動き
 
(1)バックミラーについて
バックミラーの装着
バックミラーの装着
 運転者が運転席において、自動車の左右の外側線上後方50bまでの間にある車両の交通状況、及び車両の左外側線附近の交通状況を確認出来る後写鏡(バックミラー)を備える条文を規格化することで「巻き込まれ」などを防止する対策案である。

この対策については、平成14年から実施済み事項としてJISへの標準規格に盛り込まれる予定である。
(2)ROPSについて
 車両が速度16q/時以下で、傾斜角30度以下の硬い粘土地盤の斜面上を転がって、傾斜面を離れることなく、機械の前後方軸を中心に360度転倒するという条件の下で、シートベルトを着けた運転者が押し潰されるのを防止しうる構造が、正式なROPSの定義となるが、写真のように車両に取り付けた堅固な構造物により車両転倒時に運転者を保護する機構のことである。

この対策については、作業者の視界、シートベルト着用時の作業性の問題があり、現在は、機械メーカで土工用振動ローラのみに標準装備しており、今後JIS化の予定である。
キャビン付ROPS
キャビン付ROPS
(3)Hold-To-Run について
 ハンドガイドローラにおいて、作業者がコントロールレバーと壁等の障害物の間に挟み込まれる災害が発生していることから考えられた機構であり、前後進レバーから手を離すと、レバーが中立に戻り機械が停止する安全装置のことを言う。
  検討時の問題点としては、作業中に常時前後進レバーを保持した場合、走行の安全性や、操作性を悪化させるなどのオペレーター環境の問題が挙げられている。

このことから、各メーカ間で技術的検討を重ねながら、作業者の安全を確保しつつ、使い勝手の良い機構とした上でJIS化に向かっている。
(4)危険検知警報及び視覚補助装置について
ミハールW装着例
ミハールW装着例
 建設機械による轢かれ、挟まれ及び追突される事故の防止に役立つと思われる各種危険検知・警報装置及び視覚補助装置が研究開発され、一部市販されている。
  この中で危険検知装置の一つである、写真に示す当社の「ミハールW」は、この社会的に切迫した要求によって開発されたもので、最大7bの検知範囲を持つ超音波を利用したセンサーであり、広く利用されているものである。
  ◇ ◇ ◇
 このような安全・環境の問題は、成熟しつつある建設施工の中では、今後重要な意味を持つことは避けられないと考えられ、安全に対する施工者の意識の改革の影で、機械メーカとして何を開発し、何を提案できるかを考える時期にきている。 建設銀場での事故発生の現状
建設現場での事故発生の現状
クリックで拡大
 ▲Page Top
 
 
「安全第一」の言葉の由来 
安全第一 1906年
USスチール社の
経営方針から広まる
安全の最優先で
品質・生産性が向上
  工事現場でスローガンに掲げてある「安全第一」の表題はいつ頃始まったのか、誰が提唱したのかという素朴な疑問が起きてきます。
  調べてみますとアメリカの鉄鋼会社で提唱されたのが最初のようです。
  1906年(明治39年)、当時、世界一の製鉄所であったアメリカのUSスチール社のエルバート・ゲーリー会長が、会社の経営方針として掲げたものだったらしいです。
  その経営方針の1番に安全第一、2番に品質第二、3番に生産第三とし、安全作業を優先とした経営方針を打ち出し、安全作業に関する施策に重点をおいたところ、労働災害が減り、それにつれて製品の品質も向上し、生産性が上がったとのことです。
  ゲーリー氏の実践的成果は、アメリカ全体に大きな刺激を与え、1912年(大正元年)にはシカゴに「国民安全協会」が創立されました。
  また、1917年(大正6年)にはロンドンに「安全第一協会」が設立されるなど、欧米各国にも影響を及ぼしたそうです。
  日本では大正6年、アメリカの安全第一運動の実績を視察してきた内田嘉吉氏が、蒲生俊文氏とともに「安全第一協会」を設立したのが始まりといわれております。
  そして、大正8年から東京で始めて安全週間が行われ、多くの人々の支持を得て、週間中の事故は通常の半分に減少したとのことです。
  その後、安全第一運動は全国に広まり、昭和3年に「一致協力して怪我や病気を追い払いましょう」をスローガンに、第1回「全国安全週間」が行われたのです。

  ちなみに、安全旗の”緑十字”のマークは、大正8年、安全週間実施の為の発起人大会において蒲生氏が提案したもので、昭和2年にわが国の安全運動のシンボルマークとして正式に了承され現在にいたります。

 ▲Page Top

Copyright©2000-2003 SAKAI HEAVY INDUSTRIES, LTD. All Rights Reserved.